「美しい国」とはなんぞ

先ほど安倍さんが自民党総裁に選出されたというニュースを目にした。
僕は彼がどんな政策を掲げていたのがあまり知らなかったので
彼のホームページを見てみた。
ホームページとはいえ、あまりに抽象的な言葉ばかりだったのが残念。


ホームページによると、立候補の記者会見に際しては、彼は
子供たちの世代が自信と誇りを持てる「美しい国、日本」を
国民と一緒に創りあげていく「決意」を披露したらしい。
どうやってこれを実現するのだろうね。
一国民としてはそこのところを知りたいなと思った。


そのようなことをつらつらと思っていたところ、
ずっと心のどこかに引っかかっていた一つの文章をふと思い出した。
それは、法務省の来年度予算要求に関する文章でweb検索してみると
9月5日の日経新聞のコラム欄にあった文章であった。


 -以下引用-

 このところ公害や薬害の裁判で国が負け続けている。
 肝炎、基地騒音、原爆症水俣病じん肺――。
 政策判断を誤り、無策のまま放置して被害を広げ、
 被害の認定基準は合理性を欠く。
 こんな行政の責任を司法が厳密に判断すれば、当然、国に勝ち目はない。
 ところが、お役人たちは、国が裁判に投じるカネと
 ヒトの不足が敗因、と思い込みたいらしい。
 国が被告となる訴訟が増え、訟務を担当する参事官らが足りず、
 民間の弁護士を登用する予算も少ない。それが敗訴続きの一因だとして、
 法務省は来年度予算で増員と増額を要求するという。
 本末転倒もここまで来ると、開いた口がふさがらない。

 -後略-


この文章を見たとき、日本って、情けない国だなと思った。
この文書を読む限り、是を是、非を非として認めることが
できないような人たちが中枢に携わり運営してる国が僕の祖国日本なのだ。


残念なことに安倍さんがいう誇りが持てる国、美しい国 と現実の乖離はでかい。
心から日本という国に誇りが持てるように日経新聞に書いてあったような
今の日本の寂しい現実を変えてくれればいいと希望する。
ただし、安易なナショナリズムの刺激や「愛国心」という思想の押し付け以外の方法を用いて。